Thursday, August 13, 2009

児島(2007)

児島功和(2007) 意味の社会的生成―ルーマン理論を手がかりとして 『教育学研究』 22, 11-18.

コミュニケーションの原理を、ルーマン理論を手がかりに、とても分かりやすく整理してくれています。

自己と他者の「非同一性」と、自己と他者間の情報の「双方性」を出発点に、コミュニケーション(インタラクションっていってもいいかも、ていうか、その方が領域限定的なニュアンスを担保できるのでいいかも)の意味生成の議論を立ち上げているのは分かりやすい。

特にパーソンズとルーマンの「非同一性」を足がかりとする、コミュニケーションにおけるダブル・コンティンジェンシー問題処理の違いは、長いことすっきりしないものが溶解しました。

コミュニケーションとは、「了解」の上に成立しているのではなく、お互いの心が見通せないが故に可能になっているという二重の否定性の原理は、なるほどです。

特に「移転メタファーの単声性」についての指摘は、外国語教育に関わる人には是非知ってほしい概念ですね。こうした問題が、考え方の違いや、分析手法の違いで、処理されてしまうことは、とても残念です。

で、次は、どのようにデータを収集し、分析し、提示するのか、という作業が残されているのでしょうか。
または、それらについては他の人の仕事なのでしょうか。
ん~、だからといって、ダイアログを詳細に分析するだけが道だとは思えず、そこに観察可能な現象があるならば、何らかの形で計れると思います。

ごりごりと社会学の一般理論をやっていたころを懐かしく思い出しました。
約10年たって、領域とアプローチは異なりながらも、同じような関心を共有できるのは不思議なもんですね。